ベッキー事件は、簡単に言えば「視聴者からの好感度」という芸で大金を稼いでいた人の好感度が落ちたという事件でした。

視聴者としては「好感度、めちゃくちゃ下がりましたよ!もう見たくない程ですよ」という声をテレビ業界側が耳を傾けようとしないものだから、声をあげていたわけです。 出来る事と言えばスマホで該当するYahoo!ニュースにコメントしたり、とかツィッター・SNS等でしょうか。 

その大義名分として「奥さんが可哀想だから悪いのだ」というのが目立ちました。 単純に好感度下がったのにテレビに復帰しようなんて真面目に働いて稼ぎも少ない小市民からしてみたら腑に落ちないし納得いかないぞ!メディアという権力に対する武器として使っていたにすぎないのですね。

そこで現在、ベッキー復帰に向けてニュースで連日、目につくのが「元妻は許した」という単語。

視聴者の大義名分を封じるという作戦なわけですね。 でも、

そうことじゃない

というのが、テレビ業界側・視聴者・ベッキー・元妻、全員含めて分かってる事ですよね。

盛大すぎるコントですよ。

それが今日の13日のテレビ復帰に向けて大々的に取り上げられているものだからもう、むずがゆいですよね。

分かってるのかな~・・ 

例えるなら、

スポーツ選手だとしたら急に身体が動かなくなったようなものなんですよ。 プロの世界で可哀想だからって試合に出さないですよね。

お笑い芸人なら、急に空気読めなくなってつまらなくなったようなものなんですよ。 それでもバラエティで使いつづけますか

キリストが急に・・ 

先日、「重版出来!第三話」でこんなシーンがありました。

『マンガ家に自由に書かせるのはいい。だが楽はさせるな。書く側の苦しみは作品の出来に比例するんだよ』

『誰にお給料もらっていると思っているんだよ?』

『会社…?』

『読者だよ。読者の喜びのために、作品を最も高いクオリティに引き上げる。お前がそれしなかったら誰がするんだよ』

これをテレビでババーン!と放送してるのがシュールだな・・って思いました。 

テレビマンは漫画の読者をテレビの視聴者に置き換えられていないですよね。